Uncertain Odyssey


世界叙情記
by crescentadv
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ソマリアの平穏

ソマリアは、90年代初めから実質的な無政府状態が続いているのだが、当初の何年かは激しい戦闘もあり、それに伴う飢餓が起きたりしたものの、この10年ほどはおおむね平穏な状態が続いている。各地は、クラン(氏族)ごとに支配され、治安が保たれていて、物資も概ね行き渡り、首都のモガディシオでは携帯電話を使い、インターネットをやることもあながち突飛でもなくなっている。
 モガディシオから北東に行った海沿いのエル・マアンは、自由貿易港だ。白い砂浜と青い海が目に染みる、この美しい港には、世界中から物資が集まってくる。アラブ首長国連邦のドバイや、イエメン、インド、東南アジア諸国などから、米や小麦粉、カート、羊、砂糖等々、ほとんどのものが陸揚げされ、ソマリア各地に輸送されているのだという。
 ここで働く男たちも、かなりの重労働だとは思うが、足取りも軽く懸命に働いていた。ここでも武装民兵がパトロールをしていたが、彼らも撮影を拒むこともなく、あまり緊張感はなかった。
 撮影から一週間ほどして、アジアでの大地震から津波が発生し、この美しい砂浜にも押し寄せたと聞いた。あの男たちはどうなったのだろう。生きているのだろうか。人為的に引き起こされたことは、人為的にコントロールできるが、津波のような天災は、どうしようもない。神のみぞ知るである。私には、彼らが無事でいるような気がする。そしてまた彼の地を訪れ、彼らと茶を飲みながら語り合いたいと思っている。
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by crescentadv | 2005-11-28 22:15 | アフリカ

寛容は滅びるのか

イラクには、マンダエ教という古い宗教があり、バグダードはじめ各地にこの小宗派のコミュニティーが残っている。が、03年のイラク戦争後、彼らのコミュニティーが危機に陥っている。主に、スンニー派の抵抗勢力によると思われる攻撃や嫌がらせに晒され、国外に脱出する人々が急増しているらしいのだ。
 イスラームが多数を占める地域にキリスト教よりも遙か以前からのコミュニティーとして存在し、その宗教の特異性や文化的な貴重さもあり、サッダーム・フセイン時代には保護されていたというそのコミュニティーは、戦争後に偏狭なイスラーム勢力により、絶滅の危機に瀕しているのだ。皮肉なものである。自由の為の戦いだったという米国の主張の矛盾が、ここにも見られる。少数派であるが故に、他の宗教や文化との平和共存を図り、それによって生きながらえてきた人々と文化。それが、なぜ攻撃されるのか。これほどの不条理もないと思う。彼らのところには何度も通い、その結婚式に参列を許されるなど、非常に手厚く迎えてもらったことは、いまだ記憶に新しい。
 私としては、そんな彼らが平和に暮らせることを祈るばかりである。が、日本も本来は、そういう文化面での支援なりを考えた方がいいのになあ、と心から思う。
再びイラクに行くときには、彼らの写真を持って、またチグリス沿いの教会を訪ねたい。人を疑うことを知らないかのような、穏やかな人々にまた会いたい。
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by crescentadv | 2005-11-25 22:41 | イラク

カフカスの孤高の戦い

チェチェンの戦争は、ある意味昔ながらの戦争である。ほんとうに戦争らしい戦争ともいえる。戦争を賛美しているわけではないのだが、そこでは命がいとも簡単に失われ、それに対して誰も責任を負わない。プリミティブな戦いが、21世紀の今も、今のこの瞬間にも続いている。
 戦争らしいと書いた意味の一端は、そこにメディアがほぼいないからだ。メディアのいる戦場が、現代ではほとんどなのだが、チェチェンでは実質的にそれがほぼ不可能となっている。だから、時折潜入に成功した外国人が見る戦場は、当事者たちには圧倒的なリアルであるが、私たちには、映画の一場面のように映じることがあるのは、致し方ないともいえる。
 しかし、そこに生きているのは、明らかに私たちと同じ人間だ。私たち以上に人間味溢れる人々が、そこに生きている。民族の誇りを持ち、家族や親族、老人を敬い、歴史や文化を大切にし、平和に平凡な、しかし暖かみのある生をおくりたい。そんなささやかな望みを抱く、とても優しい人々でもある。
 だからこそ、それらのすべてが破壊されようとしたとき、彼らは圧倒的な相手に立ち向かった。それは、今も続いている。武器を取る戦いはもちろん、平和的な手段でも。
彼らは、ある大国によって、テロリストと呼ばれ、欧米や日本の多くの政治家やメディアも、沈黙を守っている。禍根を残す沈黙だ。
 しかし、私たちの評価などまったく興味がないかのように、若者たちは今日も戦い、命を落としている。この澄んだ目をした、素晴らしい人々が、彼らとは直接関係のないことのために死んでいくのだ。
 私たちは、いつまで沈黙を守るのだろうか。彼らと対峙したとき、私たちは人間として彼らの視線を受け止めることが出来るのだろうか。いや、そんな思いをも見透かしたような彼らの視線の彼方に、哀愁とともに私は希望と未来の力強い息吹を感じた。
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by crescentadv | 2005-11-22 20:27 | チェチェン

夕日に映える静かなる情景

暑い日も和らぎ、美しい夕日が辺りを柔らかく包み始めていた。ガザ南端のラファでは、日中の熱気を避けていた人々が、通りに繰り出し、けたたましいクラクションや人々の声が響きあい、にぎやかな一時が訪れていた。この日はいつになく人が多い。イスラエル軍と戦っている武装組織の男たちのデモ行進を、人々は見学に来たのだ。
 勇ましいスローガンがラウドスピーカーから流れ、戦いを鼓舞する音楽が大音響で響き渡る。そんな中で、お揃いのユニフォームに身を包んだ20歳前後であろう若い男たちが、真剣な面持ちで整列していた。子供たちが彼らを見る目には、明らかに憧れや尊敬の色が見て取れる。
 男たちは、イスラエル軍車両などに模した張りぼてに火を放ち、スローガンを叫び、空に向けて銃を撃つ。そして町中を一通り行進していった。
 私はその後について歩きながら、絶え間なく続く勇ましいかけ声とは裏腹に、どこか寂しげな哀愁を帯びた男たちの後ろ姿に惹かれた。命を賭して戦っている男たちの後ろ姿は、心なし疲れ、哀しみを帯びているように見えた。それは単に気のせいだったのか、それとも長すぎる解放への道のりに疲れ切った男たちの、わずかに見せた心の奥の本音だったのかもしれない。いずれにしても、彼らの戦いの終わりは見えない。心優しき男たちは、皆の愛と期待を一身に浴びながら、夕闇の彼方に旅立っていくのだ。
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by crescentadv | 2005-11-19 01:39 | パレスチナ

殉教の遠い記憶

見渡す限りの赤茶けた大地に一本の舗装道路が通っている。この道は、そのままバグダードまで続いていて、ずっと南へも続いている。周囲には、小さな集落と畑、ところどころにナツメヤシの木が見える。静かな午後のひととき。ほとんど車も通らないそんな中を、遠くから歩いてくる人たちがいた。多くは数人くらいのグループで歩き、そんな小さな集団が、遙か遠くまで続いている。黒装束の女性たちの姿も少なくない。
 彼ら(彼女たち)は、遠くから(おそらくバグダード辺りから)歩いてきたのだ。数十キロの道のりを、暑い日を浴びながら歩き続ける、一路カルバラを目指して。ほとんど1200年も前になくなったアル・フセインは、偉大な殉教者として、また悲劇の人として、多くのシーア・ムスリムに慕われ、彼の死を思うときに人々は悲嘆に暮れる。彼が亡くなった日(アシューラー)の一週間ほど前から、人々はカルバラを目指して歩き、カルバラで悲劇を追体験する。
 この行事と今のイラクの状況を重ね合わせるとき、1000年以上の時を超えて、当時の人々の姿が脳裏を過ぎり、時間を超越した何かを感じるのは、あながち気のせいではない。街道沿いに翻る赤い旗が夕日に映えて、その赤が目に染み入る。アル・フセインとその一族郎党の血が大地に拡がり、視界全体を覆い尽くしていくような錯覚に陥る。その前を、チャドル姿の女性たちが、静かに何か祈りの言葉を呟きながら、通り過ぎていった。
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by crescentadv | 2005-11-15 09:50 | イラク

アフリカの角は遙か彼方

アフリカは、長らく私の憧れの大地だった。長すぎた夢想から醒めて、初めて現地に行ったとき、その目的地はソマリアだった。当時の私は、いわゆるニュースカメラマンで、フォトジャーナリズムの世界に飛び込んできたばかりだったし、若くもあったので、ただ必死で、それでいて押さえがたい衝動、快感に近い感覚が沸き起こってくるのを押さえられなかった。ソマリアは当時、世界のトップニュースを連日飾り、紛れもなくホットスポットだった。
 「ブラックホークダウン」という米国映画を記憶している人も多いと思うが、あの当時あの現場に私はいた。あの映画は、米国のプロパガンダではあるけど、ソマリアの雰囲気、空気、そしてソマリアのミリシアの雰囲気を、とてもうまく再現していたと思う。
 そんなソマリアに、今年また行くことが出来た。いまや、完全に忘れ去られた場所。しかし、当時の知人たちと再会し、彼らはとても平穏に楽しそうに生きていた。ソマリアには政府がないのだが、もともとそういうシステムに生きていなかった人たち、社会だ。部族社会が非常に良い形で機能しているという印象を受けた。もっとも、そういうアウトロー国家の存在を、世界システムは容認出来ない。昨年以来再燃した政府再建の動きの中で、ソマリアの情勢にも徐々にではあるが、暗雲が立ちこめてきているようにも感じられた。
 ソマリアの人々の生活がどうなっていくのか、私は非常に関心を持ちながら、推移を見守っている。
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by crescentadv | 2005-11-14 00:08 | アフリカ

カフカスの哀愁

最後にチェチェンに行ってから、もう5年以上が過ぎ去った。今まで行ってきたところの中でも、チェチェンには、特別な思いを抱いている。もちろん、他の地域にもそれぞれ特別な思いがあるのだが、チェチェンという地域の自然環境の厳しさ(そして美しい!)人々の気高さ、今起きている事態の信じられないほどの過酷さ(神は存在しないのではないかと思うほど)、そして人々の優しさ。
 何よりも、チェチェンという場所とそこに生きる人々は、世界中のほとんどの人の意識から弾き出され、その中で彼らは生きるために戦っている(戦闘だけではなく、生き続けることが戦いだ)。
 チェチェンで会った人々の多くが死んでいったと思う。が、いやだからこそ、あそこにもう一度戻りたいと思う。もちろん、私は彼らに何も出来ないし、彼らも私から何も望んではいないだろう。でも、彼らと一緒にいる時間、その空間は、お互いの距離や民族性の違い、言葉の違いや文化の違いを超越した、何か信頼しあった者だけが相通じあうことが出来る特別な瞬間だと思う。
 地下の防空壕で砲撃の止むのを静かに待っていたあの人たちは、しかしそんな状況におかれていても、その目には希望の光が宿っていた。そして、その希望は決して幻影ではなかったと、そう信じることが出来る日が、遠からず訪れることをまだ私は信じている。
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by crescentadv | 2005-11-12 00:39 | チェチェン

新たなる旅立ち

新たに、写真入りのブログを立ち上げることにした。
深い理由はないのだが、やはり写真家である以上、写真で何かを伝え、表現していくことが
当たり前でもあると考えたのだ。
 自分が今まで15年以上の閒に世界中を彷徨い、たくさんの戦場や辺地や種々雑多なところに行き、多くの写真を撮影してきた。そういう中から、ランダムに写真を選び、その写真に対応した、あるいは単にそのときに想っていることなどを書きつづっていきたい。そういうことで、いろいろな伝えられ方をしている場所、あるいは伝えられていない場所に対しての、自分の立場を表せると想うし、またそうすることがアル意味必要だとも思っていることが、既存の媒体では伝えられなくとも、ここでは自由に表現できると思う。
 タイトル写真と同じ写真を、まず使うことから始めたい。
パレスチナのガザで、今年の夏に撮影した写真。ガザは本当に美しいところ。活力ある、夢も希望も持った人々が、一生懸命に生きているところだ。ネガティブなイメージが先行しがちだが、実際ここに行くと、生きるパワーを分けてもらえる。私は、彼の地に行ったことで、生き続ける意志がより強まった。この人たちの別の側面を、少しでも伝えていきたいし、その美しい自然や文化なども少しでもリアルに感じて欲しい。
 ガザの美しい夕日を前に、人々は様々な思いに駆られ、しかし誰もが未来を見据えている。そんなところに、多くの人々が思いを馳せ、視線の彼方に彼の地を感じて欲しいと思う。
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by crescentadv | 2005-11-10 20:15 | パレスチナ