Uncertain Odyssey


世界叙情記
by crescentadv
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カテゴリ:チェチェン( 3 )


死に往く男たちの郷愁

1999年11月、私はチェチェン共和国の首都、グローズヌイにいた。その数ヶ月前から、再びロシア軍との戦争が始まっていた。必死の思いでグローズヌイにたどり着いた私たちは、しかし戦況の悪化もあり、ほとんど自由には動けなかった。常にチェチェン独立派の兵士たちと行動を共にし、彼らの人柄の良さや敬虔な心、その純粋さに接し、日毎に彼らに惹かれていく自分があった。
 すでにロシア軍の空爆などで、がれきの山と化していたグローズヌイで、彼らの陣地で世話になり、食事を与えられ、自由に撮影も許され、私たちはほんとうに手厚く遇されていた。しかし、そんな時間も長くは続かない。ロシア軍の大部隊がグローズヌイ郊外に迫っていた。日に日に、砲撃が増し、いつ首都で激戦が始まってもおかしくない状態、そんな中で私たちの存在は、彼らには重荷になっていたと思う。しかし、そんなことを全く感じさせなかった彼ら。カメラを向けると、精一杯の笑顔で応えてくれた彼ら。しかし、最後の数日は、彼らの動きも慌ただしく、その表情には日に日に緊張感が漲っていくのが、傍目にも明らかだった。私たちはもう少し残りたかったが、彼らは私たちの安全を最優先し、安全に逃がすために、大変な労力を払ってくれた。別れ際に何人もの兵士たちと固く交わした握手、そのぬくもり、生の鼓動を私は忘れることができない。
 今、彼らの多くが死んでいったことを、私は知っている。愛する大地のために、家族のために、その文化を守るために、命を賭して戦い、殉教者となった男たち。彼らほど、人間らしく生きた人々を私は知らない。その地に平和が訪れることを祈り、またその地に出向いていくことを夢見ながら、それが私の生きる力にもなっている。
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by crescentadv | 2005-12-15 22:39 | チェチェン

カフカスの孤高の戦い

チェチェンの戦争は、ある意味昔ながらの戦争である。ほんとうに戦争らしい戦争ともいえる。戦争を賛美しているわけではないのだが、そこでは命がいとも簡単に失われ、それに対して誰も責任を負わない。プリミティブな戦いが、21世紀の今も、今のこの瞬間にも続いている。
 戦争らしいと書いた意味の一端は、そこにメディアがほぼいないからだ。メディアのいる戦場が、現代ではほとんどなのだが、チェチェンでは実質的にそれがほぼ不可能となっている。だから、時折潜入に成功した外国人が見る戦場は、当事者たちには圧倒的なリアルであるが、私たちには、映画の一場面のように映じることがあるのは、致し方ないともいえる。
 しかし、そこに生きているのは、明らかに私たちと同じ人間だ。私たち以上に人間味溢れる人々が、そこに生きている。民族の誇りを持ち、家族や親族、老人を敬い、歴史や文化を大切にし、平和に平凡な、しかし暖かみのある生をおくりたい。そんなささやかな望みを抱く、とても優しい人々でもある。
 だからこそ、それらのすべてが破壊されようとしたとき、彼らは圧倒的な相手に立ち向かった。それは、今も続いている。武器を取る戦いはもちろん、平和的な手段でも。
彼らは、ある大国によって、テロリストと呼ばれ、欧米や日本の多くの政治家やメディアも、沈黙を守っている。禍根を残す沈黙だ。
 しかし、私たちの評価などまったく興味がないかのように、若者たちは今日も戦い、命を落としている。この澄んだ目をした、素晴らしい人々が、彼らとは直接関係のないことのために死んでいくのだ。
 私たちは、いつまで沈黙を守るのだろうか。彼らと対峙したとき、私たちは人間として彼らの視線を受け止めることが出来るのだろうか。いや、そんな思いをも見透かしたような彼らの視線の彼方に、哀愁とともに私は希望と未来の力強い息吹を感じた。
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by crescentadv | 2005-11-22 20:27 | チェチェン

カフカスの哀愁

最後にチェチェンに行ってから、もう5年以上が過ぎ去った。今まで行ってきたところの中でも、チェチェンには、特別な思いを抱いている。もちろん、他の地域にもそれぞれ特別な思いがあるのだが、チェチェンという地域の自然環境の厳しさ(そして美しい!)人々の気高さ、今起きている事態の信じられないほどの過酷さ(神は存在しないのではないかと思うほど)、そして人々の優しさ。
 何よりも、チェチェンという場所とそこに生きる人々は、世界中のほとんどの人の意識から弾き出され、その中で彼らは生きるために戦っている(戦闘だけではなく、生き続けることが戦いだ)。
 チェチェンで会った人々の多くが死んでいったと思う。が、いやだからこそ、あそこにもう一度戻りたいと思う。もちろん、私は彼らに何も出来ないし、彼らも私から何も望んではいないだろう。でも、彼らと一緒にいる時間、その空間は、お互いの距離や民族性の違い、言葉の違いや文化の違いを超越した、何か信頼しあった者だけが相通じあうことが出来る特別な瞬間だと思う。
 地下の防空壕で砲撃の止むのを静かに待っていたあの人たちは、しかしそんな状況におかれていても、その目には希望の光が宿っていた。そして、その希望は決して幻影ではなかったと、そう信じることが出来る日が、遠からず訪れることをまだ私は信じている。
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by crescentadv | 2005-11-12 00:39 | チェチェン