Uncertain Odyssey


世界叙情記
by crescentadv
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カテゴリ:パレスチナ( 13 )


四千年の時を超えて

 パレスチナのヘブロンにまた行った。ここにはいったい何度来たことか。この古い町を特別な地にしているのは、そこに預言者イブラーヒーム(アブラハム)の墓があるからだ。彼の二人の妻と息子たちの墓もある。それらが、一つの石造りの建物の中に固まってあり、そこはながらくイスラームのモスクとして使われてきたが、今では半分がユダヤ教のシナゴーグとなっている。
 イブラーヒームは、今のイラクの出身だが、この地域を広く旅したらしい。最終的になぜこの地で亡くなったのか、私は知らない。妻や息子たちの墓もあるところを見ると、何か特別な地だったのかもしれない。いずれにしても、偉大な預言者として名を残す彼が生きていたのは、四千年も以前の話。それから長い年月が流れ、彼の言葉は明確に残ったが、その言葉を私たちは真に理解してはいない。彼が臨終の地に選んだこの場所で、流血は頻発し、人々はいがみ合い、平和はますます遠い。
 イブラーヒームモスクの姿は、見る者に様々なイマジネーションを与えるのだろう。ちなみに、私はいつも何か恐ろしいことが起きる予兆のような、ある意味不吉なヴィジョンを抱きながら、この建物の前に立っている。この建物の中には、何らかの秘密が隠されているが、それが何かは、ほとんどの人は知らない。かつて、イスラエル国防大臣だった人物が、その中をみて、即座に封印を命じたという。何があったのだろう。あるいは、なにもなかったのか。謎が謎を呼び、それが様々な憶測を呼び、風説が流布していく。もしイブラーヒームが今何かをなし得るとしたら、彼は何をするのだろうか。
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by crescentadv | 2007-04-22 18:25 | パレスチナ

天空の彼方を想う

最近は、イスラームのみならず、初期のキリスト教関連の書籍も多く読んでいる。実は、宗教と名の付くものはあまり重要ではなくて、預言者たちが何を言い、どのように行動し、またそれに従う人々が何をやって、どう行動し、また何を書き記してきたのか。そこに関心がある。名前が付いた時点で、どんなに立派な教え(それがたとえ神の名において語られていても)も陳腐なモノと化す。政治、権力、抑圧を促す装置と化してしまうのだ。
 数千年来、幾多の預言者たちや物事を見極める目を持った人々は、求めるモノが目の前にはないことに気がついていた。と思う。そこには、真実から目を逸らさんがための数多くの障害、誘惑、堕落があり、それらをいかに克服し、その向こう側のはるか高みにある真理に行き着けるのか、それこそが幾多の預言の言わんとすることの主題だと思う。
 多くの人たちが、国家や政治、もっと卑小な例でいうと、学校や会社、地域社会の柵に囚われ、いかに周囲と協調していくかに心血を注いでいる。同じように、それぞれの人々が信じている宗教でもそうだ。誰もが型をマスターすることに躍起になり、その実内面は空洞のままだ。恐ろしい空虚が口を開け、そこから抜け出すことは至難の業である。あらゆる柵を捨てて、風の音や空気の匂いに耳を澄まし、それと一体(となるよう努める)ことにより、精神を静かに平穏に保ち、意識を遙かなるアイオーンへと思いを馳せるようにすると、何か違うモノが見え、違うことを感じることが出来る。そうしたときの、私たちの生きる世界のなんと空虚なことか。多くの人が、意味のないことを信じ、それに邁進し、そのために命を枯らしていることか。そこに思考が行き着いたとき、本心では全てがバカらしく思えてくる。とはいえ、この世界に生きている以上、なんらかの折り合いをつけていかなければならないのも、また真である。それが出来ないときには、この肉体を捨て去るしかないのだから。
 私たちの周囲には、聖と俗が共存している。分かちがたく混淆しているといったほうがいいかもしれない。そして、多くの人々はそういうことを意識せず、もしかしたら気がつくこともなく、命を終えていくのだろう。ある時、ふとそういう思考に行き着いて、それ以来あらゆる場所で、そういう感覚がわき上がってくるのを感じる。


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by crescentadv | 2007-03-02 17:36 | パレスチナ

預言者たちの足音

 聖地エルサレムは、不思議な場所である。三大宗教の聖地として、世界でも稀に見る宗教色の強い土地であり、あらゆるモノに神の匂いや預言者の息吹を感じずにはおれない。これほど聖性の強い土地にもかかわらず、実はその地で私は名状しがたい不安や怖れを感じることが多い。神の力が強すぎることによる畏れもあるが、それとはまた違う何かが、私を不安にさせているのだ。
 つい先頃も、エルサレムでパレスチナ人たちとイスラエル警察の衝突があった。これは、イスラームの聖地としてのアルアクサーモスク、岩のドームの敷地のすぐ横を、イスラエル側が発掘調査しようとしたことから始まったものだ。この発掘は、ユダヤ人のこの地に対する継続性を明らかにするためだと思われるが、それによってイスラームの聖地を冒涜し、最悪の場合破壊してしまう恐れがあるために、ムスリムたちは反対しているのだ。
 それぞれが、勝手な解釈で神を信じ、宗教指導者たちや政治家たちの言葉を妄信することにより、まったく相互理解の余地が狭まっている。非常に危険な状態であるのだが、そのことに気がついている人はどれほどいるのだろう。いや、気がついている人は多いが、この流れを止めるすべを知らないのだと思う。もちろん、私にはどうしていいのかわからない。
 私に出来るのは、この地の聖性を、神や預言者たちの息吹を写真に写し撮り、そこにメッセージを託することだけだ。
 かつて、預言者イブラヒーム(アブラハム)が神に息子を捧げようとした場所。預言者イエスが真の神の声を伝えたところ。預言者ムハンマドが天に昇った場所。この地には何か重大なメッセージが隠されており、私たちはそれを理解できないのだ。しかし、多くの狂信的な人々や政治家たちが、それを利用して、都合の良いように解釈している。これからもそうだろう。そして、多くの血が流され続けるのだ。
 様々な思惑が、この地の張りつめた空気を生み出している。そんな場所から離れ、遠くからエルサレムを見渡すとき、そこには数千年の時を経て流れてくる風、匂い、そしてそれ以上の何かがある。それを確かに感じることができる。戦争になるのも、平穏が訪れるのも、すべてがこの地にかかっている。私は、それを感じ、多くの偉大な預言者たちの息吹を感じながら、これからの未来をオリーブの林の向こうに、地中海の遙か彼方に見ている。



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by crescentadv | 2007-02-18 00:29 | パレスチナ

月の砂漠

 夏のガザは、世界のどこの夏とも同じで、いやそれ以上に素晴らしいところだ。地中海特有の滑るような大気を肌に感じながら、一日中撮影に明け暮れた日。夕日が網膜を焼き始める夕方になると、決まってビーチに向かった。昨今の紛争などもあり、またビーチで砲撃を受けて死んだ人が出たこともあり、例年の夏よりも人では少なかった。とはいえ、この宝物のような夕日とビーチでの時間を過ごすためには、わざわざ訪れてくる人は少なからずいる。いつもと同じように、波打ち際までテーブルが並び、家族連れが談笑し、男たちは水タバコを燻らせ、サッカーに興ずる。天変地異でもない限り、これからも続くであろうガザの日常。
 プラスチックのイスに腰掛けて、水平線に落ちていく大きな太陽を眺めていると、ふと視界の端に大きなものが動くのを感じた。そちらに顔を向けると、なんとラクダがゆっくりとこちらに向かって来るではないか。子供たちが群がり、大人たちは笑いながら遠巻きに眺めている。ここは、砂漠から遠くない、ラクダの世界なんだと改めて認識した。
 ラクダがビーチに寝そべり、ラクダ使いのおじさんも物憂げそうな表情で、佇んでいる。その向こうには、いい色に焼けた夕日が落ちていく。なんとも言えない、幻想的な風景だ。何物にも動じないようなラクダのいる景色を見ていると、どこか別の世界に入り込んでしまったかのような錯覚に陥った。

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by crescentadv | 2007-01-25 22:00 | パレスチナ

real paradise

 ほとんどの人は知らないと思うが、パレスチナのガザは実は楽園なのだ。パレスチナが楽園などというと、信じてはもらえないだろうけれど、こればかりは真実だ。残念ながら、いまだに実質的にはイスラエルの占領下にあり、域内に入ることも困難であるが、だからこそその楽園としての希少性は増している。近い将来、この地域に平和が訪れたら(可能性は低いが)、観光地への道をまっしぐらに走るだろう事は、想像に難くない。そうなることが、人々の生活を向上させるためには必須のことであるのは理解できるが、そうなって欲しくないという思いもある。昨年撤退していったユダヤ人入植者たちも、このビーチを手放すことには忸怩たる思いもあったようだ。
 しかし、占領の為にインフラの整備等がなされていないので、排水などが海に流れ込んでいるらしいから、やはり早く占領が終わり、海外の資本が入って美しい環境を保てるようになったらいいと思う。これほどの美しい海でほとんど人がいないのは、奇跡としかいいようがない。行くチャンスがある人は、夏のガザに是非行ってもらいたい。
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by crescentadv | 2006-11-19 23:45 | パレスチナ

少年たちの未来

久しぶりに更新。恥ずかしながら、まったく忘れていた。けれど、ブログという情報発信の場を持っている以上、活用し続けないともったいないと思った。

 で、相変わらずパレスチナ。現地の状況は悪化する一方で、あまり明るい材料はないようだけれど、人々は普通の生活を送ろうと努力している。これだけ厳しい中でも、彼らの人間としての尊厳や倫理は失われていないというのは、驚嘆に値すると思う。これがもし日本だったら、社会は崩壊しているかもしれない。
 最近は、ガザに行くことが多いのだが、今回は昨年夏のガザの写真。夕暮れのシャティキャンプでは、人々が家々から出てきて、海を望む場所で思い思いに過ごしていることが多い。家族や友人と話し込んだり、漁師が網の手入れをしたり、釣りをしたり、子供たちが水遊びをしたり云々。日中の暑さも和らいできて、一日のうちで一番過ごしやすい時間でもある。この少年も、小さな弟や妹を仕切って、家の近所で遊んでいた。彼の宝物である自転車に乗り、楽しそうに目を輝かすさまは、見ていても気分が和む。彼の態度の落ち着き払った大人びた雰囲気は、パレスチナ人の少年たちの多くに共通するものだが、この彼もそういう点では非常に堂々としていた。
 夕日を浴びて遠くを見つめる彼の瞳には、生き生きとした生への渇望と、不確かな未来への大いなる希望が見え隠れしていたように思う。パレスチナの状況がどんなに悪くなろうとも、このような若者が育っていく環境があるかぎり、希望は常にあると私は思う。
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by crescentadv | 2006-11-19 19:28 | パレスチナ

夕暮れの想い

長い間、これを書くこともなかった。いろいろな想いがあったが、やはりパレスチナでのあらゆる出来事に、なんともやりきれない想いを抱いていたし、それ以外にも自分自身の生き方や写真の方向性も含めて、いろんな試行錯誤もあった。結局、作品を残すという意味では、まだ大きな前進は見られないが、長い目で見るといろいろと見えてきたこともある。
 ガザで起きている事態は、イスラエルの入植地があったときからこうなるだろうと思っていたとおりに推移している。何も驚くべきことではない。しかし、実際にそうなってみると、どうして?とか、何故?とか、問いにもならない問いを発している自分がいる。人間というのは、やはり救いようがないほど愚かなのだろうか? パレスチナの人たちも、その多くは理解していると思う。けれど、一部のアジテーターやイスラエルとの諍いで利益を受けている連中が、ことあるごとに対立を深めている。何がやりきれないかって、それはそういう動きとは関係のない人々の血が流されること。ミサイルが飛び交おうが、何十人死のうが、この地では長い歴史の中で日常茶飯事であったし、今もそれが続いているだけ。でも、何故自分が死ぬのかわからない人が、何の前触れもなく死んでいくのは、やはり耐えられないものだ。
 そんな不条理も、何もかもを受け入れて、優しく包み込んでいくのが、ガザの海であり、暖かい砂浜である。夕日に染まるその暖かい砂浜に寝そべり、今日も無事に生きてきたことに感謝している。そして、不運にも死んでいった人々への鎮魂の想いを抱き、彼らの死にはどんな意味があったのか、彼らの家族の思いはどうなのか、などと思いを巡らせているうちに、辺りは少しずつ暗くなってくるのだ。昨年パレスチナに行って以来、コーカサスや欧州やアジアなど、いろんなところに行ってきた。でも、私の想いは、いつもパレスチナをも含む、地中海のあの地域と共にあった。自分の意思とは関係のない、何か根源的な繫がりを感じている。
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by crescentadv | 2006-05-08 21:29 | パレスチナ

逆光に霞む哀しみ

ガザが地中海に面していて、明るい太陽に照らされ、美しい砂浜が果てまで続いているとはいえ、パレスチナが現在置かれている状況に変化をもたらすものではない。人々には、癒しようのない哀しみもあるのは間違いなく、それは長い時間と楽園的な自然状況、そして周囲の人々の支えがあって、少しずつ癒されていくものだと思う。
 ガザ最南端のラファを昨年訪ねたとき、何度も歩いたエジプト国境沿いの通りにさしかかると、一人の男が私と、同行していたパレスチナ人に向かって何か言いがかりをつけてきた。私の友人と口論になり、男は突然ピストルを抜くと、こちらに突きつけ怒鳴りだした。私の友人も負けずに何かを言っている。相手の男の家族らも出てきて、その場は収まった。
 後で聞くと、その男の兄が最近イスラエル軍に射殺されたのだという。彼は、私やその他の外国人が来るのを、度々見ており、またそれを憤りを持って見ていたのだという。その気持ちは、まったく正しいと思うし、私がどんなに彼らが好きで、彼らを家族のように感じていようとも、所詮外国人でありよそ者だということだ。ましてや、ここに来るほとんどの外国人は、金儲けの為に、ニュースの為に、興味本位で来ているのだから、彼らにどう思われようと仕方がない。
 後でその男が友人宅を訪ねてきた。話し合い、最後は抱擁して別れた。彼に私はとても親近感を覚え、また彼も私のことを友人から聞いて、意外そうな顔をして、はにかんでいた。腰にピストルは持ってはいたが。
 パレスチナの眩しい太陽の裏には、そういう人々のやりきれない気持ちもが、昇華されずに漂っている。そういうところまでも感じて、それと、さらにその先を写真に表現していきたいと思っている。
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by crescentadv | 2006-01-24 13:49 | パレスチナ

静かな日々の中で

ガザの最南端のラファ。そのまた一番外れに近いところに、私の友人アブー・マフムードが住んでいる。彼の家はほんとうにエジプトとの国境近くにあったのだが、それが破壊され、その後移った家も破壊され、今では市内のスタジアムに仮住まいを余儀なくされている。そんな生活もいつまで続くのかわからない。彼自身は、同じような境遇にある人々と、政治的な活動にも関わったり、NGO 的な活動にも身を投じている。
 彼の奥さんは、初めて会ってから3年で、驚くほど老けてしまった。家庭のあらゆる仕事や子供たちのケアなど、全て彼女が背負い込んでいるのだ、それも当然かと思う。
彼らと私との関係も、当初のお互いが気を遣い会い、純粋に互いに好奇心を持ち、またお互いが多少の遠慮があったときから、少しずつ変化してきている。人間の関係とは、そんなものだ。彼らがパレスチナ人で私が日本人ということは、実はあまり意味をなさない。もっとも、日本人だからと、色眼鏡付きで見てくる人もいるし、それは若者の中に時折顕著に見られる。
私自身は、そういったことには出来る限り関わりたくない。アブーマフムードたちといても、多くの場合、静かに彼らの様子を眺めていることが多かった。彼らの状態は、ある意味特殊であり、一方多くのパレスチナ人に共有される不条理を体現している人々でもある。私より3歳ほど年上なだけの彼やその家族の失意の日々は、見ていても辛いものがあるが、彼らも希望をもっているからこそ、生きていられる。そこに、私自身も希望を見いだしているのかもしれない。
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by crescentadv | 2005-12-13 21:19 | パレスチナ

殉教者たちの記憶

長い間戦いが続いていると、戦いそのものが風化していくということはありがちなことでもある。パレスチナでは、あまりにも長い間紛争が続き、むしろそれが生活の中での日常と化してしまった。現在でもそれが続いている。だからこそ、彼らはポジティブなのかもしれないし、だからこそ、未来へのより強い欲求を漲らせているのかもしれない。どの家族にも、一人や二人の死者を出しており、それを彼らはシャヒード(殉教者)と、尊敬の念を持って呼ぶ。戦闘が激しくなると、積極的にシャヒードになろうとする風潮さえ生まれてくるが、全体としては生きれるのなら、生きるべきだという考えがある。それが、イスラームであり、彼の地の連綿と受け継いできた文化でもある。
 今パレスチナは、政治的には難しい時代を迎えている。だからこそ、自分たちの生活を大事にしているし、より生活に目が向いているのではと思う。殉教者がいることが当たり前の光景。そのポスターも、いつか地中海の熱い日に光に晒されて、色あせ朽ちてゆく。それでも、殉教者の記憶は、永遠に人々の中に息づいている。誰かが生きている限り、その人たちが生きた証は、途切れることなく永遠の生を生きてゆく。
 ガザの日の光を浴びながら、白い砂の大地と白い壁の家々の中を歩く。いつしか、視界をも白いベールが覆い尽くし、白い闇の中で私はこの人たちの未来を、かすかに視界の中に捉えたような気がした。そんな私に時折視線を投げながら、パレスチナの女性たちは見事に洗濯物を干して、すぐに壁の向こうに消えていった。
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by crescentadv | 2005-12-05 23:24 | パレスチナ