Uncertain Odyssey


世界叙情記
by crescentadv
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悠久の砂漠にて

熱い風を肌に感じながら、夕暮れの砂漠に佇んでいた。遊牧民に連れられたラクダたちが優雅に歩いている。遠くには油田の施設と燃えさかる原油の炎がかすかに見えていた。
 砂漠に来ると、どうして心が安まるのだろう。一方では、戦争や人々の喧噪やもっと些末なことまで含めた、有無を言わせぬ日常世界が目の前に存在しているのだが、砂漠の現実というのはそれらの生活に迫られた必然とも思える現実を遙かに超越した、真実の現実とでもいうべき、厳粛なものを感じる。
 数千年の昔から息づく雰囲気というのか、匂いというのか、そういったものが砂漠には確かに漂っていた。遊牧民たちは、時には国境をも越えて、何ヶ月も歩いて旅をするという。彼らの生き様は、まさに悠久の時の流れに逆らわず、自然体で生きてきた歴史でもあると思える。
 人間が多く住む都市では、空気や河の汚れもあるが、それ以上に人間の精神の汚濁は救いようのないほどに深刻になりつつある。だからこそ、人間は時には砂漠に帰るべきなのかもしれない。砂漠にいると、静かで聞こえるのはただ自然のみ。こういうところでかつての預言者たちが啓示を受けたのも、必然であったような気がする。そう納得できるのだ。
 今では、こんな砂漠のなかでさえも、完全には自然の流れに身を任すことは容易ではない。人為的な悪の象徴である軍や兵士たちの姿を散見するし、この地が国境や石油施設に近いという理由で、思考を妨げられたりもする。こんな時代に生きる私たちが、自然(神)の声に耳を傾けることは、容易ではないと感じるが、それを少しでも意識したり、気がついた人たちは、もう後戻りは出来ないと思う。
 この砂漠が象徴している永遠性は、決しておとぎ話ではないのだから。
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by crescentadv | 2005-12-27 11:57 | イラク
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